終わりと始まりの夜に

暁の血盟解散を前に賑わう石の家で、リサはひとり胸に秘めた想いを抱えていた。伝えたい相手は、長い時を越えて再び隣に立つグ・ラハ・ティア。けれど、別れが近い夜ほど言葉はうまく届かない。クリスタルタワーを望む星空の下、すれ違い、ためらい、それでも零れた本心。これは、ひとつの終わりの夜に始まる、ふたりの物語。

1

終末の災厄もようやく収束し、世界は平和と日常が戻りつつある。
ここモードゥナの石の家では、暁の血盟の解散を惜しむ人々が次々と訪れている。
室内では別れの挨拶や笑い声が絶えることなく、賑わいを見せていた。

光の戦士リサもその人々の輪の中にいたが、心は別の場所を彷徨っている。
紅玉の瞳を持つ彼に伝えたい言葉を抱えたまま、ただただ時間だけが過ぎていく。
外はもう暗くなり始めていたが、リサはまだ彼に会えていない。
彼女はついに彼の姿を探そうと動いた。
すぐに人垣の向こうにいる彼を見つけたが、まるで彼も探していたかのように視線が絡み合った。
その瞬間、周囲の喧騒が遠のいた。

何かを確かめるような足取りで、人々の間を縫うように彼の側へ辿り着く。
「あのさ、グ・ラハ。ゆっくり話したいし、場所変えない?」リサは、努めて普段通りに言おうと試みたが、少し声が震えてしまう。彼女は彼が何も気づかないことを願った。
「ああ、そうだな。じゃあ行こうか!」と笑顔で快く受けてくれる。彼女は静かに息を吐いた。

外に出ると星が煌めきを見せ始めていた。
「今夜は天気もいいし、クリスタルタワーのよく見える所まで行ってみない?遠いかな?」
「いや、チョコボならすぐだろ、行こう」と彼はリサの提案に軽く乗ってくれた。
「うん、じゃあ出発ー」リサは黒チョコボに跨った、亡き友が育ててくれた大切な忘れ形見だ。
彼女は、彼が別のチョコボでついてくるのを確認するとスピードを上げた。

2

星空に輝く蒼きクリスタルタワー。
何度見ても魅了される美しさだ。
モードゥナでは妖霧で全く見えない日もある、今夜はついている。
この幸運が導いてくれますようにと、リサは静かに祈った。

塔が良く見える丘の上で彼女は腰を下ろした。
彼も近くでチョコボを降りた。
「こんな遠くまで来てしまったけど疲れてない?」リサが話しかけると
「いや、大丈夫!リサこそ疲れてるんじゃないか?今日は大勢集まって、もみくちゃにされてただろ?」笑顔で労いとも、からかいのようにも聞こえる答えを返す彼。
「いつものことだから」思わず笑顔になって言うと、彼女は少しだけ緊張がほぐれた。
が、それも束の間、グ・ラハの次の言葉で打ち消される。
「で、話って何?」
「えっ、話?」リサは声が裏返った。
「いや、わざわざ『ここ』に来るからには何かあるのかと思ってさ」
彼は目の前に燦然と輝くクリスタルタワーに目を向ける。
『ここ』ーークリスタルタワー。
彼女にとってエオルゼアで、いや第一世界のそれも含めてたくさんの想いが詰まった場所だ。
秘めた想いを告げるなら、これ以上相応しい場所はないだろう。
全く無意識にここを選んでいた。
そんなリサをよそに、彼は彼女が話しだすのを待つように横顔を見ている。
「あ、うん。グ・ラハは今後、シャーレアンに戻ってバルデシオン委員会の再建を手伝うんでしょ?」
「ああ、そのつもりだ。クルル1人じゃ大変だし、オレもガラフさんには恩があるからな。
当面は立て直しを頑張ってみるよ」
「リサこそ、これから何をするつもりなんだ?予定は決まってるのか?」
「予定ってほどでもないけど、いろんな依頼をこなしたり、それなりに忙しくしてるかも。
1つのところに留まることは、あまりないかもね。まぁ本来の冒険者に戻るって感じかな」
「冒険者、冒険か……」グ・ラハの瞳が遠い記憶を映すように揺れた。「いつかまた一緒に冒険できるといいな、しばらくはお互い忙しいと思うけど」グ・ラハは屈託なく続けた「ほら、オレたち散々『約束』しただろ、だから……」言いかけた言葉をリサが引き取る。
「そうだね、いつか叶うといいね」リサは静かに言うと、それきり口を閉ざした。
今のリサには彼の明るさが、その控えめな物言いが、かえって壁のように思えたのだ。

グ・ラハは異変を感じてリサを振り返ったが、俯いたままの彼女の視線を捉えることはできない。彼は穏やかな声で問いかけた。「どうしたんだ?リサ?」
今や、リサは最初の失望よりも、子供じみた自分の行動に対する嫌悪に囚われている。
「ゴメン、オレ、何か気に障ること言ったかな?だったらホントゴメン」
「オレさ、あんたと2人だとちょっと調子が狂ってしまうんだよ」
リサはグ・ラハに謝らせてしまったことで、罪悪感を募らせた。
「少し疲れてるように見えるし、今夜は引き上げるか?部屋まで送るよ」言葉を重ねる彼の優しさが心苦しい。
彼女はやっと口を開いたが、彼の顔を見る勇気はなかった。
「違うの、あなたのせいじゃない。ごめん、少し頭、冷やしたほうがいいみたい。私、もう行くね」何か言おうとしている彼を振り解くように、彼女はチョコボを駆った。

3

石の家の自室に戻ったリサは、ベッドの上で突っ伏していたが眠れるはずもない。
激しく動く鼓動が、そうさせてくれないのだ。
こんなはずではなかった。
リサは深いため息をつくと、夜風に当たって気分転換をしようと立ち上がった。
窓に近づいた瞬間ノックの音が聞こえる。
なんとなく訪ねてきたのが誰か見当がついたが開けないわけにはいかない。
彼女がそっとドアを開けると、やはり彼がそこにいた。

「グ・ラハ……どうして……」
「遅くにゴメン、でもあのままにはしておけなかったんだ。オレ、明日にはシャーレアンに発つからさ。こんな気持ちのままじゃ、あんたと別れられない」彼の表情にも少し疲れが見えた。
「自分勝手なのはわかってる、ゴメン」
謝るべきなのは彼女の方なのに、リサに負担をかけまいとする彼。
いかにも彼らしい優しさにリサは返す言葉が見つからない。
グ・ラハは続けて言った。「嫌じゃなければ、だけど。もう少しあんたと話がしたい。ここじゃ何だし、あんたの部屋に上がるのもどうかと思う。2階のカフェならこんな時間だし、もう誰もいないんじゃないか?……一緒に来てくれないか?」
彼の気持ちに応えようと、うなずき、2人で石の家を出た。
予想通り外の空気は冷えきって夜の色を濃くしている。
「寒くないか?」
気遣ってくれる彼の声は温かかった。

4

グ・ラハの言ったとおりカフェ付近にはほとんど人影がない。
リサは「今度こそ」と決意を新たにしたが、彼と向かい合って座った途端
勇気が萎んでいく。

深呼吸して落ち着こうとした時、グ・ラハが先に口を開いた。
「オレ、あんたにまだ話してないことがあるんだ。……聞いてくれるか?」
うなずくと「ありがとう」と微笑んだ後、真顔になってこう言った。
「オレな、本当は明日、いや今夜からでもあんたと冒険に行きたいよ」
「あの、グ・ラハ、さっきは……」リサは慌てて謝ろうとした。
「いいんだ、リサ。とにかく最後まで聞いてくれ」
彼は彼女を制して、話を戻した。

彼は視線を落とし、言葉を探すように少し間をおいた。
「これから話すことは、初めてあんたに会ったノア時代からずっと思って来たことだ。
オレがーーそして水晶公だった頃の“私“がーー過去にどれほどリサと共にいたいと願ったと思う?
だが色々な理由で諦めなければならなかった」

彼は過ぎた日々を振り返るように目を閉じる「クリスタルタワーで眠ると決めた時、オレは自分の役目を果たすことが使命なんだと信じて……諦めた。それが始まりだ」

リサの瞼にかつて塔の入り口で決意を語ったグ・ラハの姿が浮かんだ。
あまりに急で心がついていかず、ただ見守るしかなかったあの日。

「次は、はるか未来で目覚めた時だ。
英雄の冒険譚にあんたの名が刻まれていて、心から喜んだよ。
同時に、道半ばで終わってしまった冒険を続けて欲しいと願った。
あんたの運命を変えられるのなら、何だってやろうと思ったんだ。
たとえ、そこにオレがいないとしても」

ここで彼は少し沈黙し、落ち着いた声音になって続けた。
「長い長い第一世界での時を経て、あなたはついに私のもとに来てくれた。
姿を隠したままの私を信じ、あの世界に闇を取り戻してくれた。
仮初めでも仲間として、その姿を近くで見ることができて本当に幸せだったよ。
再びあなたと別れる未来が近づいていたが、それでも構わなかった」

リサはもう2度と会えない水晶公が彼の中に息づいているのを感じた。
懐かしさと、その最後を見届けた時の痛みが蘇る。

「覚えているだろうか?ノルヴラントが罪喰いの襲撃で多くの命が失われたあの日のことを。あなたは私に言ってくれたね。『今なら、2人だけだから苦しみを吐き出してもいい』と。あの瞬間から、あなたはもう見上げるだけの英雄ではなくなった。痛みを知る優しい1人の女性として私はあなたを見ていた、いや、見ている」彼の声は少し震えている。
「この人の未来を繋げるためなら、自分の願いが消えることなど些細な事だと心から思った。……結局、私はあなたのおかげで自身の命をも繋ぐことになったが」

リサは、彼が長い間、いかに多くの思いを胸にしまってきたかを知った。
今、彼女は、泣きたいくらい心が震えている。

「そして、この世界に戻ったオレーーグ・ラハ・ティアは、あんたと同じ暁のメンバーとして再び活動し始めた。いろいろ大変なこともあったよな、でも毎日が充実してたよ。そう、長年の夢が叶ったってわけだ。だから、これでもう望むことなんて何もないとさえ思ったんだ」

終末を退けるためひたすら走り続けた日々、危機が迫っている状況で彼女の中にも確かに充足感があった。その理由に今、リサは思い至っていた。

一旦、口を閉じていたグ・ラハが再び語り始める。
「……だが、人間の欲って際限なく膨らむものだ。いつしか仲間としての時間だけでは物足りなくなっていた」彼の紅玉の瞳がリサを射抜くように捉えた。
「リサの人生の一部になりたい。オレ自身の人生の中にリサを招き入れたい。
そう思うようになったんだ」
リサは彼のその言葉で、肌寒い夜気の中、体の芯に熱が生じるのを感じた。
「だが、オレにはそれを言葉にする勇気がなかった。
自分にあるのは、あんたへの想いの強さだけだ。これだけは、誰にも負ける気がしない。
でも、逆に言うとそれしかなかった。リサはオレにすごく優しかったよな。だからこそ、オレは勘違いしちゃいけない、自惚れちゃダメだと自分に言い聞かせたんだ」彼は苦笑を浮かべ目を伏せた。
「だからいつも、中途半端な『願い』ばかりを口にしてはあんたを困らせていた。実際そのとおりだろう、リサ?」
グ・ラハは見透かすように彼女を見つめた。

5

リサは最前から彼の言葉の重みに圧倒されていたが
いよいよ「その時」が来たのだと理解した。

「私、私ね……私もなんだ。
ずっと複雑な気持ちだったんだ。
あなたが私を慕ってくれるのは、私が英雄だからなんだって。それ以上でも以下でもないと。だって期待してしまって傷つくのは怖かったから。でも同時に、英雄としてじゃない私を必要として欲しいとずっと願ってたの」
そう告げた瞬間、グ・ラハの瞳が大きく揺れた。
リサはこの話を続ける後押しをしてもらったような気持ちになった。

「さっきは本当にごめんなさい。伝えたい言葉がちゃんとあったんだ」彼女は彼を見つめた。もう躊躇する必要はない。
「このままお別れしたくないよ、グ・ラハ。第一世界に行ってから、私たちいつも一緒にいたよね。いつの間にか、それが当たり前になってた。暁が解散しても、永遠の別れってわけじゃない。でも、あなたがまた遠い人になるかもと考えたら、どうしようもなく心がざわめいて落ち着かなかった」

リサは苦笑いで「今更だけど、私はこういうことには疎いんだって気づいたの。あなたの言うとおりなんだ。さっきの約束の言葉が軽く感じて、『私』が必要とされてるわけじゃないって思えた。それで、少し悲しくなってしまったの。あんな子供みたいな事して、本当にごめんなさい」リサは少し項垂れて言葉を締め括った。

どれくらいそうしていたのか定かでなかったが、ふと気配を感じると彼が目の前に屈み込んでリサを見上げていた。

そして真剣そのものの顔で彼女の両肩にそっと手を置く。
「リサ、オレはもう諦めなくていいのか?」
「諦めなくていい。ううん、諦めてほしくない」
彼女が答えるや否やリサは彼の腕の中に包まれていた。

彼女は衝撃で思考が止まった。その耳元で「今後のこと、もう一度考えてみないか?」彼は囁く。
抗えないほど心地いい、その腕の中で「うん」と小さく言うのがやっとだった。
それを聞いて、ようやく解放してくれた彼は幸せそうな笑顔で見つめてくる。
リサはまだ夢の中にいるようで、地面に足がついている気がしなかった。
彼の顔を改めて見たが、途端に恥ずかしさが込み上げてくる。
「じ、じゃあ、そろそろ戻ろうか?」
どちらからともなく石の家に向かって歩き出す。
「明日は私もシャーレアンに行くことにする。これからのこと、それからゆっくり話し合おう」
「ああ、そうだな、それがいい」
彼はそれ以外の表情を忘れたかのように笑顔を崩さなかった。

6

石の家は昼間の喧騒が嘘のように、すっかり夜の静けさを取り戻していた。
部屋の前まで送ってくれたグ・ラハに小声でおやすみを言い、部屋に入ろうとした刹那
彼は背を向けようとする彼女の腕を軽くつかんだ。
振り向いた瞬間、紅玉色の瞳が至近距離に迫ってくる。
そして、リサの唇に彼の唇が優しく触れ、同じくらいゆっくり離れていく。

赤くなって固まっているリサを彼は愛おしそうに見つめた。
彼はおやすみの言葉を残し去りかけたが、別れがたいとでも言うように彼女を一度振り返った。

意外な形で主導権を奪われてしまったが、胸の中で喜びが膨らんでいく。
彼女は彼の去っていく背中を幸福とともに目で追った。
静かな夜に、リサの鼓動だけがまだ騒がしく響いている。
さきほど1人で戻ってきた時とは逆の意味で今夜は眠れそうもない。
(眠らなきゃ)とリサは自分に言い聞かせた。
冒険はまだまだ続くのだから。

End