それ返してくれ!

聖コイナク調査団の拠点に残された、ラハの大量の私物。それをきっかけに、リサの手へ渡ったのは、若き日の彼が綴ったノア時代の日誌だった。そこに記されていたのは、今よりずっと不器用で、けれど隠しきれないほどまっすぐな想いの数々。からかい半分で読み進めるリサと、必死に取り返そうとするラハ。そんな攻防の果て、思いがけず見つかった一通の手紙が、過去から現在へと繋がる彼の本心を明かしていく。照れと笑いの先に胸が熱くなる、甘くて少し切ないラブコメディ。

プロローグ

晴れ渡った青空の下、聖コイナク調査団の拠点では人々がそれぞれ忙しげに活動している。
石の家で用を済ませ、前を通りかかったリサはちょうど天幕から出てきたラムブルースと目が合った。
「ラムブルース、久しぶり。元気にしてた?」
彼はリサの姿を認めると相好を崩し、彼女に歩み寄った。
「やあ、リサ。相変わらずですよ。あなたもお元気そうで何より−−時にグ・ラハ・ティアは元気にしてますか?」
リサは「ええ、とても」と彼の様子を思い浮かべたのか笑顔で言う。
「そうですか、それはよかった」彼はそう言った後、後ろの天幕を振り返って困惑を浮かべる。
「グ・ラハ・ティアに伝えてくれませんか?彼がノアの調査でここにいた頃の私物がまだたくさん残ってるんです。特に大量の本がなかなかのスペースを占領してましてね……一度片付けに来て頂きたいと、そうお伝え願います」
リサはいかにもありそうな話に苦笑しながらうなずいた。
すると彼は「もちろんお二人で来て頂いてもいいですよ。歓迎します」とつけ加える。
「えっと、二人で?」
リサは戸惑った様子で彼の顔を見た。
ラムブルースはリサの反応を楽しむように「今、世間でもっぱら噂になってますよ。英雄が近頃、赤毛のミコッテ族の男性と親密そうにしていると。私もそんな特徴を持った男性に少しばかり心あたりがありましてね」
そう言ってニッコリ笑った。
リサは彼の言葉の意味を理解したようで、少し赤くなった。
彼女は照れる気持ちを笑顔の奥に隠して、ラムブルースにいとまを告げ立ち去ろうとした。
彼はそんなリサに「少し待って下さい」と言い残し、一度天幕の中に姿を消す。
戻ってきた彼は一冊の分厚い本をリサに差し出して「これはノアの活動日誌です。グ・ラハ・ティアが特に大事にしていたものでね。ぜひ、あなたから渡してあげて下さい」
彼は何やら意味ありげに微笑むと「あなたもノアの活動に加わっていたわけですし、いろいろ興味深いことが書かれてると思いますよ」
そう言ってリサに手渡す。
リサはその言葉に興味を惹かれて日誌をパラパラとめくり始めた。
中を見て、彼女は思わず声を上げる。
「うわっ!この頃のラハ、ひどい字だな」
彼女は日誌を小脇に抱え、何も知らずに拠点を後にした。


1

今日は仕事が立て込んで、すっかり遅くなった。
重いドアを押し開けると、座っているリサの背中が目に入った。
彼女はドアが開いたのも気づかず、カウチで本を読んでいる。
「ただいま」
リサは読みかけの本から顔を上げてオレに笑顔を向ける。
「おかえりなさい」
「何か読んでるのか?」
見覚えのない表紙−−オレの本じゃなさそうだな。
「うん。借り物だけど、なかなか面白いよ。あとでラハにも見せてあげるね」
楽しみだな。
オレは着替えのため、そのまま奥の部屋に向かう。
そのオレの背中にリサの声が追いかけてきた。
「そういえば、今日久しぶりにラムブルースに会ったよ」
ラムブルースか。
「しばらく会ってないな。元気にしてたか?」
「うん、元気そうだったよ。でも、すごく困ってるって伝言を頼まれたんだ」
なんだろう?
「伝言?オレに?」
オレは脱いだ服をカゴに押し込むと新しいシャツに袖を通す。
リサは少しからかうような口調で「ラハの残した本がキャンプを占領してるんだって」
−−そうだった。タワーで眠る前の荷物、まだ、そのままになってるのか。
「そうか、悪かったな。近々、片付けに行くか」
と言うことは……「じゃあ、なくなったと思ってたあの本、あそこにあるんだな。よかった!」
オレは小さな悩みが解決して思わず浮かれた口調になる。
リサはオレのいるほうを振り返り「えっ?気にするとこ、そこなんだ……」驚いた口調だ。
オレは気分も軽く「シャワー浴びてくる」と呆れるリサを残してバスルームに移動した。

オレがシャワーから出てきても、リサはまだ本を読み進めている。
オレは濡れた髪をタオルで拭き取りながら声を掛ける。
「ずいぶん熱中してるな。面白いのか、それ?」
リサは背後から覗き込んだオレに笑顔を向けると、おもむろに読み上げる。

ーーX月X日。モードゥナの聖コイナク調査団のキャンプに到着。代表のラムブルースや調査団の面々と着任の挨拶を交わす。アラグの遺産、クリスタルタワーの調査−−私の長年の研究がついに日の目を見ることになりそうだ。私事だが呪いのように感じてきたこの魔眼の件も新たな事実が判明するかもしれない。その意味でも今回の調査は非常に重要かつ興味深い。ーー

オレは息をのんだ。
「リサ、それ、もしかして……」
まさか!ノアのアレか?活動日誌じゃないのか?突然湧いて出た過去の産物にオレは驚き混乱する。
リサはオレをチラリと見てニコリと笑うと続けて読み始める。

ーー今回の調査にエオルゼアの英雄と騒がれている若い女性が参加するとラムブルースから聞いた。英雄って言っても若い女性のことだ、周りがチヤホヤして持ち上げてるだけかもしれない。この目でしっかりと見極めてやろう。ーー

オレは狼狽えて両手で顔を覆った。
なんてこと書くんだ、過去のオレ。
「−−しっかりと見極めてやろう……か」
彼女はいったん本をパタンと閉じると、オレを見据えた。
「ふーん……そういえば、ラハって最初にウルズの泉で遭遇した時、ちょっと意地悪だったよねぇ」
彼女がねっとりとした口調で詰問した。
オレは何か上手い言い訳がないか頭を必死に働かせる、が何も浮かばない。
「えっ!今更そんな昔のことを持ち出すなんて、ずるいだろ?」
こんなんじゃダメだ。
案の定リサは「都合が悪いから忘れて欲しいってこと?」ニヤニヤ楽しそうだ。
そして、それだけで収まらず。
「うん!よく考えてみたら。私、怒ってもいいかも」
なんてオレを横目で見ながら言うんだ。
「リサ、落ち着いてくれ!」
リサはオレをからかってるだけだ。そうだよな?
だが、彼女は冷ややかに「そう?慌ててるのはラハだけだと思うけど?」
「その頃のオレはリサのこと何も知らなかったんだ!」精一杯の抵抗を試みる。
リサはそれを聞いて「へえー。じゃあ、実際に会ってみてどう思ったの?」
オレは当時を思い返して思わず赤面する、とてもじゃないが本当のことは言えない。
「う、それは……内緒だ」
「何よ、教えてくれてもいいでしょ?」リサの追求は止まらない。
オレは口ごもるしかない。
「その……ちょっといいなって……もういいだろ」
これ以上聞かないでくれ。
「もう!全然わからないんだけど」
リサは不満そうにぶつぶつ言う。
なんとか話題を変えたい、そうだ!
「そもそも、なんで、それリサが持ってるんだ?」
リサは楽しげに「この日誌はね、ラムブルースが面白いからって勧めてくれたんだよ」
オレは心の中でラムブルースに毒づいた。
……余計なことを。
「と、とにかく。それオレのだろ?返してくれ」
彼女に手を差し出す。 リサは満面の笑みで「もちろん返すよ。全部読み終わったらね」
そう言うと日誌を大事そうに抱きかかえた。
オレは大きなため息が出た。
あれはノアの活動日誌に間違いない。でもオレ、何を書いたか覚えてない。
さっきのみたいなのが、また出てこないといいが……手遅れになる前に、なんとか取り戻すぞ。


2

リサはまた日誌を開く。
「ここから先はもっと面白いんだよ。聞かせてあげるね」
「ずいぶん楽しそうだな」
オレは皮肉のつもりで言ったが彼女はニコニコするばかりだ。

ーー彼女とシドたちは帝国との戦い以来の仲らしい。彼らには特に気を許しているようで彼女はよく笑う。彼女の笑顔には何か皆を惹きつける不思議な力があるな。ーー

「みんなだって!その中にラハも入ってた?」リサはオレの顔を覗き込む。
「さあな、昔のことだ。忘れた」。
嘘だ。忘れるわけない。

ーー彼女たちの突入組が塔から戻ってきたと報告があった。出迎えに行こう。ノアの責任者として彼女の無事を確かめなければ。ーー

リサは嬉しそうに「『彼女たちの無事』じゃなくて『彼女の無事』なんだ?」ニヤニヤしながら、オレの反応をうかがう。
オレはうつむくと小声で「何が『責任者として』だよ……」また頬が熱くなる。

ーー戦いから戻った彼女たちを交えて、皆で食事をする。屈託なく笑う彼女はいたって普通の若い女性に見える。戦いの場で見せる引き締まった表情とはまるで別人だ。気がついたら彼女の揺れるポニーテールに目を奪われていた。-−これが英雄のオーラというやつか。ーー

リサはケラケラ笑うと「ねえ、『英雄のオーラ』今も感じてくれてる?」と言ってオレの顔を覗き込む。
「ああ、すごく感じてるよ!」
もう、ヤケだ。
リサのツッコミはまだ続く「ラハ、私のポニーテールが好きだったんだ?こんなまわりくどい書き方しちゃって……」
うわぁ、もうそろそろ限界だ。
「違うんだ。オレはノアの責任者として皆を観察してただけだ!」
オレの抵抗も虚しく、リサは容赦ない。
「観察してるのは私だけでしょ?あ、この後のここ。ここが最高に笑えるんだよ」
そう言って一段と声のボリュームを上げる。

ーー最近どうも体調が良くない。打ち合わせで彼女がオレのすぐ側に来た時、胸の鼓動が治らなかった。アラグの遺物の影響かもしれない、少し近づきすぎたせいだろう。ーー

「それで?今でもモードゥナに行くと、胸がドキドキするの?」
リサはお腹を抱えて笑っている。
「そんなわけないだろう。あれは単に気のせいだったんだ!」
オレは全然、面白くないぞ。リサ。
「気のせい、ねえ?」
リサは笑いすぎて目に涙を溜めている。
「さあ、続き読もう。こんなに楽しいの久しぶり」
オレはもうこれ以上耐えられない。
過去のオレ、なんてことしてくれたんだ。
「もう十分楽しんだだろ?いい加減返してくれ」
オレはリサの手から日誌を取り返そうとした。
「あっ!もう~引っ張らないでよ。まだ読んでるんだから」
彼女は抗議する。
そうはいくか。
これ以上読まれたらオレの立つ瀬がない。
「リ、リサ、今日は泊まっていくんだろ?シャワーでも浴びたらどうだ?」
「残念!その手には乗りません。その間に隠そうとしてるのミエミエなんだけど」
リサは日誌にかけたオレの手を振り払う。
もう泣きたい気分だ。
「なあ、リサ。それ返してくれよ。頼むから」
なんだったら土下座してもいい。
「泣き落とし?」そう言うと立ち上がって楽しそうに「それより鬼ごっこしない?」
逆効果か……
「オレを困らせて楽しんでるんだな」
「大人しく読み終わるの待てばいいだけ」そして立ったまま、またページを繰る。
「あ、まだあるよ」

ーー今日、彼女がキャンプで知らない銀髪の男と親密そうに話しているのを見かけた。あれから何故か胸のあたりの不快感が……

うわぁ、もう限界だ~。
オレは日誌の表紙を渾身の力を込めて引っ張った。
「きゃっ!」リサが体勢を崩してよろめく。
「もう!手を離してよ!」リサが自分のほうに引き寄せる。
「それはこっちのセリフだ」ひっぱり返す。
「もうちょっとなのに」彼女も諦めない、引き戻される。
「もう十分だろ」たとえ英雄でもオレは負けないぞ。手に力を込める。
オレたちは一瞬日誌を挟んで睨み合った。
その時、バリッという音と共に日誌が二つに裂けた。
反動でオレたちは同時に尻餅をつく。
「いてっ!」片手にはしっかり日誌の片割れが握られている。
「リサ、大丈夫か?」彼女も日誌を片手に小さくうめき声をあげていた。

その時、一枚の紙が宙を舞っているのに気がついた。
それがリサのすぐ近くにヒラリと落ちる。
「あれ?これは?」彼女は怪訝そうに、それを手に取って見る。
「リサへ?」
あっ!あれは……オレは、それがなんなのか思い出して凍りついた。
「リサ、頼む。それだけは見ないでくれ」ほとんど懇願していた。
「この期に及んで悪あがき?」彼女は笑いながら続きを見ようとする。

ーーリサへ
リサへ……か
こんな手紙、君に見せられるはずもない。
ただ、自分の気持ちを整理するために書き殴ってるだけだ。
オレがこの決断をしたことを君はどう思うんだろう?ーー

彼女は息を呑む。
「これは……」
「リサ、そんなの真面目に受け取らないでいい。ただの独り言だ」
「ラハ、ごめん。読むね。ううん、読ませて」彼女はもう笑っていない。
リサはオレの返事を待たず、静かに手紙に目を落とす。
もう手遅れだ。オレは彼女を静かに見守った。


3

ーーリサへ
リサへ……か
こんな手紙、君に見せられるはずもない。
ただ、自分の気持ちを整理するために書き殴ってるだけだ。 オレがこの決断をしたことを君はどう思うんだろう?
どのみち、オレがそれを知ることはない。 ただ、事前に知らせてしまったら、君のことだ「何か別の方法があるかも」なんて言うかもしれない。
オレはそれが怖い。
君のその言葉で決心が揺らいでしまいそうで。
だから最後まで言わないでおくことにした。
オレは自分の使命を全うすることに納得している。
でも「今」を失うことに未練がないと言えば嘘になる。
短い間だけど「仲間」になれたこと、忘れない。
オレはいつからか……なんて嘘だな。初めからずっと君に惹かれていた。
オレの密かな願い、それは君と一緒に未知の土地に冒険に行くことだ。
そこで、人々のために活躍する姿を、交流の中で見せる優しい笑顔を一番近くで見ていたかった。
叶うはずもない願いだってわかってる。 その願いの代わりに君の未来が輝くように祈るよ。
だからオレは未来で目覚めたら君の名を真っ先に探す。
君はこのまま埋もれてしまう人じゃない。
一緒にはいられないけど、オレはオレにしかできないことを頑張るよ。
君がオレを忘れてしまったとしても、未来までずっと君を想ってる。ーー

オレはきまりが悪くて、ずっと床を眺めていたが、気配を感じて顔をあげた。
彼女が手紙を握りしめて、涙ぐんでいる。
「ずるいじゃない……」
「えっ!」
彼女はオレに訴えかけるように言う。
「こんなのずるいぐらい嬉しいんだけど」
オレは戸惑った。
「嬉しい……のか」
「オレさ、あの頃のこと思い出したら恥ずかしくなって。自分でも青くさいなって」
「そんなことない。当時のラハの気持ちが知れてよかった。私ちゃんと受け取ったからね」
リサは瞼の下に溜まった涙を指で拭う。
「リサ……」
オレはホッと息をついた。
リサはそんなオレをじっと見つめて
「でもね。一つだけ約束して」
そう言うとオレの背中にしっかりと腕をまわす。
「約束?」
「2度と私に『さよなら』なんて言わないで。あの日、扉が閉まる直前に振り返って言ったでしょ?……それからグルグ火山でも」
そして、潤んだ目でオレを見上げて「……置いていかれるの、辛いんだよ」
彼女はオレの胸に顔を埋める。
そうだった。
「ごめん……わかった、約束する」
オレはリサを腕の中に包み込んだ。
あの頃のオレに教えてやりたい。
お前の望んだ「冒険」は、今まさに腕の中にあるんだって。


エピローグ

いつもの朝が来た。
ただ一点を除いては。
「リサ、それ返してくれ!」
リサがカウチの向こう側で手紙をヒラヒラさせている。
「いやです」
リサはオレが伸ばした腕をさっとかわす。
「もう読んだんだからいいだろ?」
リサは勝ち誇ったように「はい!ここで質問です。この手紙は誰宛てですか?」
うっ!
「独り言だって言っただろ?」
彼女は手紙をオレの鼻先に近づけると「『リサへ』。
ほら、この字見えるよね?だから、これは私のもの」
くっ!
「返して欲しかったら、これを上回るような熱いラブレター書いてよ。それと交換ならいいかな」
あんな小っ恥ずかしい手紙、もう二度と書けるか!
でも、オレは諦めが悪いんだ、隙を見つけるぞ。
「それはそうと、言っちゃ悪いんだけどさ」
彼女はオレの反応を確かめるような表情になる。
「この頃のラハってホント汚い字だよね。水晶公時代にかなり練習したんだね」
確かに今見ると、ひどい字だな。
「まぁ、立場があったからな。時間もたっぷりあったし……って、話逸らすなよ!それ返してくれ!」

END